62 : 1/3[sage] 投稿日:2010/06/12(土) 19:29:19 ID:KfWrZz8v0 [1/3回(PC)]

入社二年目の事だ。製造関係の会社の工場で、生産管理の仕事をしていた。 
当時の社長の方針で、新入社員は全員工場で数ヶ月研修してから、研究所なり 
パイロットプラントなり、営業なりに行く事になっていた。また、人事が昨年 
よりテストとして、理系の院卒(研究所志望者)を営業に使う試みを始めていた。 
俺の課に4名が研修で配属され、その内一人が院卒営業だった。 
この新入社員をA、他の新入社員をB、C、Dとする。 
Aは非常に優秀で、人当たりもよく、スポーツ万能、頭の回転も速く、その上 
美男子という凄いやつで、他のBCDも一流大学の院卒だったが、一線を画し 
ていた。 
たまたま一年先輩の俺が、AとBの指導に当たったせいか、Aは結構俺と気が 
合って、色々な話をするようになった。 

半年の研修期間が済み、Aは関西の営業所に、BCDは中央研究所に転勤とな 
った。ところが、Aが配属された先は、扱っている商品が社内でも最も泥臭く、 
代理店も論理が全然通じない所だった。どれだけゴマをすれるか・・・それだ 
けの職場だったらしい。Aは、関東の人間だったので、標準語を話すのが災い 
して、成績は良いほうではなかったらしい。また、営業所の所長も、元エリア 
採用の叩き上げで、他を蹴落として上がってきた人間なので、何も契約とれず 
に戻ったりすると、その場で土下座させたりするやつだった。 
ブラック企業なら普通にある光景なんだろうが、一応業界トップの大企業での 
事。育ちも良いAには想像も付かなかった毎日だったろう。

 
63 : 2/3[sage] 投稿日:2010/06/12(土) 19:31:50 ID:KfWrZz8v0 [2/3回(PC)]
それから、俺に愚痴の電話が時々掛かってくるようになった。 
研修中最も忍耐力が有って最も社交的だったAが耐えられないような日々の仕 
打ちを聞くと、可哀想で仕方ない。だが、入社二年目の俺には何もしてやる事 
が出来なくって、ひたすら聞いてやるぐらいしか出来なかった。 
俺の同期にも、一人だけ理系院卒で営業に回されている友人Eがいた。彼も俺 
と同じ場所で研修していたので、仲が良かった。Eも時折Aから相談を受けて 
いたらしく、お互い聞いてやるしか出来ない無力さを感じていた。 

数ヶ月も経ち、徐々にAの愚痴が危険水域に達してくるのが分かった。感情の 
起伏が大きくなり、話しながら号泣したり、異常にハイテンションだったりで、 
逆に俺が不安を感じるぐらいだった。 
そして、忘れもしない11月のある日、延々と愚痴を続けるAにこう云ってし 
まった。 
「このままだと、お前は潰れてしまうよ。性格も人柄も頭も良いお前がそこま 
で追い込まれる職場って尋常じゃない。人生は長いんだし、転職の踏まえたら 
どうだ?このままだとお前が首を吊りそうで怖い。最悪の選択の前に、両親と 
相談したらどうだ?なんなら、俺も休暇取って一緒にいってやるよ。Eも事情 
しっているし、誘ってもいいぞ。」 
それに対して、急にAが黙ってしまった。一分か二分か・・・もしかしたら、 
ほんの数十秒だったのかもしれない空白の時間の後、吐き出すようにAが云っ 
た。 
「済みません、俺、会社辞める訳にいかないのです。辞めたいけど、だめなん 
です。ごめんなさい。ごめんなさい。・・・」 



64 : 3/3[sage] 投稿日:2010/06/12(土) 19:33:33 ID:KfWrZz8v0 [3/3回(PC)]
それから数日後の夜、Eから電話が有った。 
「なあ、A、やばいよな。数日前に電話が有ったんだが、もういっぱいいっぱ 
いで。・・・お、キャッチホンだ、後で連絡するよ。」 
数分後、Eから再度連絡があり、Aから電話だと聞いた。 
「今週末、お前と一緒に会いにいってやるって云ったら、ひたすら、すみませ 
ん、すみませんって、まるでお経みたいに繰り返して・・・金曜日夜の大垣行 
き使って、会いにいってやろうぜ。東京駅からの切符は任せてくれ。」 
Eが鉄ちゃんなのは良く知っているので、準備は任せることにした。 

翌日、社内総合職用掲示板にAの訃報が載った。業務中、交通事故死となって 
いた。遺族の意向で、同期の極一部以外は、通夜葬儀ともご遠慮下さいとの事 
だった。EはAの実家から電車で数十分の距離にあるので、その掲示を無視し 
て葬儀に行った。そこで知ったのが、実は交通事故じゃなくって、Aの実家の 
庭の木で首を吊ったって事、そして、EがAと最後の会話していたはずの時間 
には既にこの世を去っていた事。Aの実家は関東なんだが、最後の電話は関西 
から掛かってきた事。 
Aの家は非常にお金持ちで、色々なところに顔が利く一家で、うちの会社にも 
鳴り物入りで入ったので、どうしても辞められなかった事なんかも分かったそ 
うだ。そして、葬式の翌週の月曜俺の社内メアドにAからのメールが入った。 
「すみませんでした。」 
一行だけの文章だった。社内のネットワーク管理者に問い合わせたが、社内I 
D抹消作業のほんの直前に送られたそうで、送付者は不明だ。 
Aを虐めていた営業所長は、孫会社に課長待遇で左遷された。(実質三階級降 
格扱い) 
未だに、「このままだとお前、首を吊ってしまう」なんて事を云ってしまった 
のか、後悔している。EもAを救えなかった事に非常に後悔していた。 
メールは、誰かにID教えて依頼しておけば出来るが、Eが聞いたという最後 
の電話はなんだったんだろうか。霊感の無い俺には掛かってきても分からなか 
ったのだろうか。未だに不思議だ。