956 : ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/11(月) 18:14:08 ID:vYb/Jy0b0 [5/9回(PC)]
 
俺が三年に上がった月だったと思う。 
家と学校の間に幼稚園がある。 
そこは延長保育とやらをやっていて、五時までの間、両親が働きに出ている子供を預かってくれるのだ。 
俺自身そこの卒業生であり、延長保育利用者だったから知っている。 
五時までとなると、優秀な帰宅部である俺の下校時間とかぶったりして、時折子供を迎えに来た母親なんかを見かけるのだが。 
今日は、そこに先輩がいた。 
「なんでこんなとこいるんですか」 
自転車を降りて先輩に話しかける。 
先輩は去年高校を卒業して、大学に進学していた。 
確かにここは通り道だったはずだが、足を止める理由が無い。 
先輩は園児の中の一人を見ながら言った。 
「あそこ、ほら。いるだろ、髪の短い子。砂場に」 
確かにいる。 
男の子のようだが、一心不乱に砂で山を作っている。 
周りにはまだ数人の園児が残っていたが、みんな思い思いの事をしていた。 
「あー、五時手前くらいになってくると結構退屈なんですよね。人数必要な遊びもできないし、みんな一人遊びしたりするんですよ」 
俺は、いつもより迎えが遅くなる時の、少し寂しい気持ちを思い出していた。 
「いや、そんなことどうでもいいんだが」 
先輩はそんな俺の郷愁を一撃で粉砕した。 
「ほら、お前も見えるんじゃないのか。あの子、砂山作りながら砂場の向こうをちらちら見てる」 
確かに、彼は時々思い出したようにブランコの方を見ている。 
今ブランコの利用者はいない。 
「右側だ。右のブランコの、横。ていうか後ろ」 
確かに視線はそこにひかれているようだった。 
俺はブランコの形がくっきり残るまで注視してから、ぎゅっと目を瞑った。

 
957 : ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/11(月) 18:17:20 ID:vYb/Jy0b0 [6/9回(PC)]
「あ、あれ女の人ですかね」 
先輩考案、霊感の低い俺でもある程度のモノなら見える方法だ。 
まぶたに映った影には、髪の長い女性がいた。誰もいないはずの空間に。 
「えっと、これはつまり?」 
先輩が何を見ていたのかわかった気がする。 
「そう、あの子にも見えてる。面白いぞ、これは」 
おまけしても爽やかには見えない二人組みが幼稚園児を眺めるのはまずい気がしたが、それよりも好奇心が勝った。 
「俺より見えるんですかね。最近結構なんていうか、センサー良くなったつもりだったんですけど」 
嘘は無かった。 
先輩と出会ってから二年、それはいろんな体験をして、少しならそういうモノが見える、感じるようになってきていた。 
さらに言えば、先輩と一緒にいると強制的に感覚が開かれるのだ。 
ある程度、自分の領分を超えたモノでも見えるようになる。 
しかし、そんな俺でもすぐは見えないあの女を、五歳にもならないだろうあの子が見えているのだろうか。 
「まあ、才能だからな。経験値を積めば確かに強化は出来るけど、その最低ラインが高いヤツってのはいるもんだ」 
俺もそうだったと呟いて、先輩はまた観察に戻る。 
「そもそも、子供の頃は誰でも広い感性を持ってる。なんでも違和感無く学ぶ為にな」 
先輩の解説が始まろうとした時、僕らの後ろを車が通りすぎた。 
園の駐車場に白い軽が止まる。 
中からはスーツの女性が出てきた。 
「お、彼の御母堂かな。見つけて喜んでるぞ」 
男の子を見ると、砂山作りをやめてこちらに走って来ている。 
「お迎えですね。はしゃいじゃってまあ」 
この年代の子供には、親は絶対なのだ。 
従っていれば絶対に安心できる存在。 
人生を預けてもかまわないほど。 
俺は自分の子供時代を思い出してすこし暖かい気持ちになった。 
が、やはり先輩はそれを吹き飛ばす。 
「さあ、彼はどうするか。母親にあの女の事を話すかな?それとも黙っているか」 
なるほど、先輩はそれが見たかったのだ。 
俺にも見える程度のモノならいくらでも見えているはずの彼が、何故ここにいたのか。 
幽霊そのものではなく、それを見た子供の反応が気になっていたわけだ。