677 : 自治スレでローカルルール他を議論中[sage] 投稿日:2010/10/18(月) 21:19:39 ID:ri7Mty6fO [13/16回(携帯)]

「埋められた鳩」11 

「まず、“正しい死に方”とはなにか。これについて考えよう。 
さて、君にとって、正しい死に方とはなにかな?」 
「……老衰、ですかね」 
「そして?」 
「家族――配偶者や親戚、子孫に葬式で弔ってもらいます。 
火葬場で灰と骨になり、坪に入れられて、やがて墓に埋められます」 
俺が答えると、先輩は楽しそうに笑い声をあげた。 
「なるほど、確かにそれはこの日本社会における正しい死に方だな。 
だが考えてもみろ、野性の動物や植物が死ぬときに、そんな風に死ぬか?」 
「あ……」 
「正しい死に方、それは糧になることだ。死した血肉は屠られ、その骸は地に還る。 
それが絶対的に正しいし、そうでなくては駄目なんだ。覚えておくといい。 
この世界で正しい生とは食うことで、正しい死とは食われることだ。 
さて、君が埋葬した鳩。 
果たして君が見つけなければ、どうなっていたかな?」 
もはやそれは、考えるまでもない問いだった。 
「死肉を食う虫や、或いは微生物に分解され、糧になっていました。 
――正しく死んでいました」 
「そうだ。だが君はそれに間違った死を与えてしまった。 
ビニールなど、十年単位で消えるものではない。 
それが、君の罪だ」 


続く

 
679 : 自治スレでローカルルール他を議論中[sage] 投稿日:2010/10/18(月) 21:21:31 ID:ri7Mty6fO [14/16回(携帯)]

「埋められた鳩」12 

断言した先輩は、煙を吐き出す。 
俺は先輩が一服し終わるのを待ち、問いを重ねた。 
「それならば……どうして俺は、俺たちは助かったのですか」 
「工場のは人間の怨念だ。 
仲間が欲しいのか単に殺したいだけなのかは知らないが、間違いなく君を殺そうとしたんだ。 
さて、ここで自分が正しく死ぬことを妨害された鳩の立場になって考えてみよう。 
このままでは死んでしまう。そうしたら虫や微生物によって、その屍は正しく殺されてしまう――鳩はおそらくこう考えた。 
だから君を助けた。 
生き物にとっての最大の屈辱、糧になれないという悪夢を、君に見せるために」 
聞いて、鳥肌が立った。 
「俺は……死ねないんですか」 
「少なくとも、悪霊とか呪詛の類に殺されることは絶対にないだろうな」 
先輩は短くなった煙草の火を揉み消し、俺が出した携帯灰皿に入れた。 
「分かったかい?君が犯した罪と、その罰が」 
そう言って、先輩は空を仰ぎ見た。



680 : 自治スレでローカルルール他を議論中[sage] 投稿日:2010/10/18(月) 21:23:34 ID:ri7Mty6fO [15/16回(携帯)]

「埋められた鳩」13 

「人間とはそういう業を背負っている。 
生きとし生けるものの営み、食う食われるの関係外から干渉し、奪い尽くしていく。 
ほら、あのゲームと一緒さ。 
ちゃらららーちゃらららららーらららっらーちゃららーちゃららーらーらー、 
ちゃらららーちゃらららららーらららっららららーらららーらーらー、って」 
「……なんですかそれ」 
「君はモンスターハンターを知らないのか?」 
意外そうな顔で、先輩は俺に問う。 
「聞いたことはありますけど……俺、ゲーム機持ってませんし」 
「パソコンはあるだろう、フロンティアやりたまえ。 
絶対にはまる……と、こんなことはどうでもいいな」 
先輩はそう言って、一つ息を吐いた。 
「死ぬ前に君に会えてよかったよ。葬儀には来なくてもいいからな」 
「そんな……」 
「人が間違った弔われ方をするのを見たいのか?」 
先輩は、少し怒ったような顔をして言った。 
「少しは気を使いたまえ。 
これでも私は、女なんだ」 
「いえ、参列させていただきます。 
貴女の魂が、せめて正しく死ねるように」 
俺は本心から言った。人間が弔うのは、遺体ではなくその心、魂を想ってのことだと、俺は思うから。 
すると先輩は、少しだけ顔を赤らめて、 
「君は馬鹿だ」 
と、酷く適切なコメントを言った。 


続く



681 : 自治スレでローカルルール他を議論中[sage] 投稿日:2010/10/18(月) 21:26:04 ID:ri7Mty6fO [16/16回(携帯)]

「埋められた鳩」14 

もしあの日、鳩を埋葬していなかったら…… 
そう考えると背筋が凍る。 
例の工場だが、この前取り壊されて更地になってしまった。 
結局、あれが悪霊だったのか、或いはたちの悪い悪戯だったのかは、今でも分からない。 
だけど、もし本当に鳩が俺を憎み、殺させまい死なせまいとしているのならば、果たしてそれは呪いなのだろうか。 
祝福も呪詛も、対象の状態を固定することに違いはない。 
あるとするならば、それは、込められている感情の質。 
或いはこうも考えられる。 
鳩が俺に、人にとって正しい死に方をして欲しいと願っている、と。 
人の埋葬は異質だ。対象が肉体ではない。 
弔われるのは死者の魂であり、心である。 
何故なら人という生き物は、総じて心を持ってしまっているのだから。 
だからこそ、人は生物として間違った死に方をする。 
心を正しく死ぬために、その肉体を蔑ろに死ぬ。 
……どちらが正しいのかは知らない。 
だけど俺は、そのことを知っていたのではないかと思う。 
あの日俺が、その魂を正しく埋葬した、平和の象徴たる一羽の鳥は。 
「まあどちらでも、違いはない、か……」 
俺はそう嘯き、煙草の灰を灰皿に落とす。 
そしてマウスを動かすと、誇らしげにデスクトップの片隅に佇んでいる、 
モンスターハンターフロンティアのショートカットをクリックした―― 


終わり