68 :  ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/15(金) 18:42:43 ID:6lnrYDLf0 [3/4回(PC)]
「それが、俺の人生だった。運悪く、生きている世界がずれていた為に、最後まで友達は出来なかった」 
先輩はにやけていたが、何故かひどく悲しそうだった。 
俺は言葉を探す。 
先輩を慰めるような、先輩を肯定するような言葉を。 
何も見つからないでいると、先輩の顔がいつもの楽しそうな笑みに変わる。 
「さっきの話な。好意を持っている人間に命を脅かされそうになった時、っていう話」 
もうわかっている。 
ドラム缶の中身も、この人が望んでいる事も。 
「もしそれが自分じゃなく、自分の愛している人間を脅かしていたとしたら、お前はどうする。俺が、お前の恋人を殺そうとしていた場合」 
ドラム缶の中身はわかっている。 
肉だ。それも、俺のよく知っている人の。 
先輩はポケットからペンダントを取り出した。 
それは俺が恋人に送った物で、彼女の誕生石が付いてる。 
同じ物も売っているが、多分彼女の物なんだろうなと思った。 
ドラム缶はじゅうじゅうと音をたてている。 
肉のこげる匂いがする。 
俺は笑って・・・・・・ 

携帯のバイブ音。 
体を起こして、枕元の携帯を見る。 
彼女からのメールだった。 
『遅いです』 
液晶の端の時計は10:26と表示されている。 
待ち合わせは十時。完全な遅刻だった。

 
69 :  ◆W8nV3n4fZ. [sage] 投稿日:2010/10/15(金) 18:45:27 ID:6lnrYDLf0 [4/4回(PC)]
「・・・・・・夢の中でまで語りに来ないでくれないかな」 
その年、俺は大学に入学していた。 
先輩がいなくなってから、三ヶ月が経っている。 
「心配しなくても、あんたより今の彼女の方が大事なんで。もしそんなことになったら・・・・・・」 
先輩でも殺せますよ、という言葉は飲み込んで、彼女への言い訳を考える。 
上手く言えそうになかったので、とにかく電話してみる事にした。 
発信履歴の一番上を選択、コールする。 
一回目のコールで彼女は電話を取った。 
「あ、すみません。・・・・・・はい。以後気をつけます」 
語り口は静かだがかなり怒っているようだった。 
俺は少し萎縮しながら出かける準備をする。 
話している内に、彼女の口調から棘が抜けていく。 
どうやら許してもらえるらしい。 
「はい、はい。ええ、変な夢見ちゃって。あ、ヨーコさんも出てきましたよ。え?あ、いや、覚えてないです」 
うっかりした事を言わないよう気を付けていたら、電話の向こうから信じられない言葉が飛んできた。 

『遅刻もそうだけど、夢だからって殺すのもやめてください。あと、あの人と比べるのも』 

背中に寒気が走った。 
苦笑しか出ない。 
俺は靴をつっかけて、玄関を開ける。 
やっぱあの人たちには敵わないな、と思いながら、俺は待ち合わせ場所に急いだ。 
街には今日も、人と幽霊が溢れていた。 

悪夢 終