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899 : 暗い沼(8/15)[sage] 投稿日:2011/09/01(木) 22:58:11.18 ID:I1BdW+fm0 [8/15回(PC)]
水面に出た僅かな部分で力一杯水面を叩いたので、激しく水しぶきが飛び散った。 
勇次に最も近い位置にいた3人の連中は金縛りにあったように全く動けなくなっていた。 
その様子を背後から見ていた俺と金子は咄嗟に前へ駆けだし、前方の三人を押しのけて勇次を救いに行った。 
勇次は体を狂ったようにバタつかせ、もはや完全に恐怖に支配されていた。 
狂気じみた目には助けるために近寄った俺と金子が見えていないようだった。 
「助けてっ! 引き込まれる! 腕が! 沢山の腕が俺の足を掴んでる!」 
その言葉を聞き、戦慄が走る。勇次の周りには巻き上げられた泥が激しく渦巻き、 
深みに何が潜んでいるのか全く確認することができなかった。 
俺は勇次の暴れ方と狂気じみた表情に心底ビビってしまい、 
暴れる勇次を目前にして全く動けなくなってしまった。


900 : 暗い沼(9/15)[sage] 投稿日:2011/09/01(木) 23:00:37.70 ID:I1BdW+fm0 [9/15回(PC)]
そんな俺の様子を確認した金子は、勇気を振り絞って勇次の側まで行き、 
暴れている彼の腕を何とか掴んだ、そして俺の方を振り返り鋭く命令した。 
「河本! ここは深くない。勇次の体を引っ張り上げるから、手を貸してくれ!」 
その言葉で我に返った俺は、素早く前に進むと勇次の反対側の腕を掴み、力一杯引き抜こうとした。 
その瞬間再び不自然な勢いで勇次の頭までが完全に水没した。掴んだ腕には激しい痙攣が生じ、 
水中で叫んだのかガボガボという音とともに、大量の気泡が浮かんできた。 
もはや一刻の猶予もない。 
俺と金子は必死に引っ張り上げようと力を込めたものの、二人だけではうまく引き上げられなかった。 
そこですぐ近くにいた3人に応援を頼む。 
「島田、秋山、下川! 手を貸してくれ!」



901 : 暗い沼(10/15)[sage] 投稿日:2011/09/01(木) 23:02:57.63 ID:I1BdW+fm0 [10/15回(PC)]
呼ばれた3人も弾かれたように我に返ると、 
慌てて近寄ってきて勇次の体で掴める部分を掴み、力一杯引き抜きはじめた。 
5人掛かりで一気に力を込めると徐々に勇次の体が持ち上がってきた。 
俺は得体の知れない恐怖に押し潰されそうになりながらも、必死に勇次の腕を引っ張った。 
勇次の体が胸まで水面に出ると金子は何のためらいもなく勇次の背後に回り、 
脇の下に両腕を差し入れてから一気に体を引き抜いた。 
勇次の体がようやく元の高さまで引き戻される。 
勇次は濁った泥水を吐き出すと激しく咳き込んだ。 
どうやら溺死は免れたようだ。 
安心した俺たちは抜群の連携で勇次を助け出すと、一気に来た道を引き返し始めた。



903 : 暗い沼(11/15)[sage] 投稿日:2011/09/01(木) 23:05:04.28 ID:I1BdW+fm0 [11/15回(PC)]
他の連中もようやく動けるようになり、 
バシャバシャと激しい水しぶきが上がるのも気にせず、全力で駆け戻る。 
沼の入り口の安全な場所まで戻り、完全に岸に上がったところで、 
服が汚れるのも構わず俺たちは大の字にひっくり返った。 
呼吸が整うまでの数分間、誰も何も言わないまま、激しい呼吸の音だけが辺りを支配した。 
みんなが落ち着きを取り戻した頃、金子がポツリと口にした。 
「あそこは全く深くなかった。」 
「勇次のいた所だけが、偶然深かったようだな。」 
俺は恐怖を振り払うように言葉を絞り出した。しかし金子がそれを否定する。 
「いや、勇次のいたところも深くはなかった。あいつを助け出した直後、 
 足で勇次が埋まってたところを確認したが、どこにも穴なんて開いてなかったんだ。」



904 : 暗い沼(12/14 計算をミスした…。)[sage] 投稿日:2011/09/01(木) 23:08:01.08 ID:I1BdW+fm0 [12/15回(PC)]
「そ、そんばバカな! 現に勇次は頭まで沈んでたじゃないか!」 
「そうだな。だがあいつの背後に回ってもあいつの体は、そこにはなかった。 
 助けた後、あいつが埋まってた場所に足を取られないよう慎重に探ったが、穴なんか無かったんだ、 
 そもそもあいつの体を引っ張り出してるときも、踏ん張るために、 
 穴に落ちないギリギリの所を探ったが、穴なんて無かった、手を水底に入れて確認したが、 
 あいつの体と地面の間には、全く隙間が無かったんだ!」 
「それじゃあ勇次は『どこに』落ちてたんだ?」 
「それはわからない、少なくとも地面に深い穴は開いていなかった。」



905 : 暗い沼(13/14)[sage] 投稿日:2011/09/01(木) 23:10:04.42 ID:I1BdW+fm0 [13/15回(PC)]
勇次が吸い込まれ始めたときに勇次の側にいた秋山・下川・島田の3人は、 
俺と金子のやりとりを一通り聞いた後に次々と重い口を開きはじめた。 
「勇次の体には無数の青白い手が絡みついていた。」 
「全部水の底から延びていて、水の中へ引きずり込もうとしているようだった。」 
「手しか見えなかったが、あれは完全に人の手の形だった」 
それぞれの表情を見ながら聞いていたが誰もが嘘を付いているようには見えなかった。 
そしてポカンとだらしなく口を開け視線の定まらない勇次に声をかけた。 
「勇次、今回は本当にやばかったな。」



907 : 暗い沼(ラスト)[sage] 投稿日:2011/09/01(木) 23:12:12.00 ID:I1BdW+fm0 [14/15回(PC)]
しかし返事がない。 
「おい、勇次! 大丈夫か?」 
勇次の肩を揺さぶりながら話しかける。 
それでも彼は返事をしなかった。 
口はポカンと開いたまま、端からはトロッとしたヨダレが垂れ始めていた。 
その後の呼びかけにも答えることはなく、虚ろな視線は最後まで合うことがなかった。 
勇次の体は暗い沼から戻って来られたが、彼の心は沼の底に永遠に持って行かれてしまったのだった。