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東京都足○区と葛○区の境目の位置,幾人もの罪人の死刑を執行してきた 
日本最大規模の刑務所が,圧倒的な負のオーラを放ちながら佇んでいる。 
東京の中ではあまり印象の良くない足○区だが,このあたりのエリアは 
地元民の俺から見てもとくに雰囲気が悪く,どんよりとした空気が漂っている。 
その目と鼻の先にある,東○伊○崎線の小○駅から少し離れたところに, 
夜になると,黒い闇が不気味な輝きを放つ高架下の通路がある。 
その通路は,高架下に入る直前に数段階段を下り,出るときにまた上がる構造, 
つまり,周囲の道路と比べ,高架下だけ若干標高が低くなっている構造だ。 

ある日,友人との飲み会の帰りに,その通路を通ることがあった。 
その夜は千○代田線の終電時刻をすでに過ぎてしまっており, 
北○住駅から,地元の綾○まで,結構長い距離を歩いて帰った。 
その途中,何となく嫌な予感がしたが特に気にもせず,その通路を帰路に選んだ。 
通路に入ると,案の定,ガラの悪そうな金髪のガキが中で座り込んでいた。 
ちらっと見た感じだと,ガキはじっと下を見てうずくまっている。 
この手のガキは,この街では珍しくもないので,別に怖くもないのだが, 
ただ,その時は妙に恐ろしさを感じ,絶対に目を合わせないようにした。

そのガキの前を通り過ぎようとすると,そいつは立ち上がって俺の横を並進してきた。 
カツアゲかな?と思ったが,そいつは背が小さく細身だったので, 
喧嘩になっても,多分適当にボコって逃げるくらいはできるだろうと直感した。 
そのはずなのに,俺の手はなぜかガクガク震えていて,一刻も早く逃げ出したかった。 
通路の出口に近づき,ようやく視界に入った刑務所の灯りにほっとした。 
普段あれほど気味が悪かったはずの,刑務所なんかに安心させられるほどに 
恐怖を感じていたのかと,情けなくなった俺は高架下から出る瞬間に, 
つまらん意地で「おいなんだよてめえ!」と叫びながら,並進していたガキの方を見た。 

ガキはいなかった。後ろを振り返って高架下の中を見てもいない。 
そいつは確かに,俺と一緒に通路の外へ出た。そして俺は通路の左側を歩いていたので, 
もしそいつが左側に曲がったとしても,俺が気付かないはずがない。 
しかし右方向にも,ただ灯に照らされた静寂があるだけで,人の気配はなかった。 
俺は本当に怖くなって,ついに走り出していた。拘置所の横を全速力で通り過ぎ, 
気が付くと,綾○川をまたぎ,綾○駅周辺に至る橋についていた。 
ようやく,わずかに残った街の灯が見え,胸をなでおろしながら立ち止まっていた。 
しかし,冷静にさっきの出来事を振り返ってみると,再び寒気が蘇った。

あの時,あれほど静かだった高架下で 
俺の1.0mほど右隣を並進していたガキの足音が,全く聞こえなかった。 

高架下から出る階段を上っているとき, 
あいつも確かに並進して階段を上っていたはずなのに, 
頭の高さがまったく変わらず,スーッと抜けるように出て行った。 

そしてあいつは,俺の目の前で消えた。 
その瞬間は信じられなかったが,あの時,確かに消えた。人の形をした煙のように。