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小学生の頃、夏休みは祖父母の家に預けられていた 
去年は父方だったから今年は母方みたいな感じで1年交代 
父方は島・母方は山奥でどちらも好きだった 
母方の祖父母の家は、ほんとうに山の中 
山道を登った先に小さな田畑と家がポツンと建っている感じ 
電気は来ていたと思うけどガスや水道は来ていなかった 
祖父は汚職疑惑をかけられて半分世捨て人のようになっていたらしい 
家の真ん中は土間・風呂や煮炊き釜(もちろんどちらも薪式) 
土間の右側が居間兼寝室(畳の間)・左側が物置(板張り)になっていた 
物置にピアノがあった 
山の中の水道も来ていないボロ小屋には似つかわしくないけど 
たぶん祖父が町会議員をやっていた頃に買ったものなのだろう 
俺は幼稚園時代に音楽教室で音譜アレルギーを植え付けられて 
ちょうどその頃は音楽大嫌いになっていた時期だったので 
触りもしなかった 

ある日、昼寝から目が覚めるとピアノが鳴っていた 
思い出してみると、ラベルのクープランの墓の第一曲のような 
高速のアルペジオの曲 
障子を開けてみると白い和服調の洋服を着たお姉さん 
(上半身留袖の着物・下半身スカートみたいな感じ)が 
サラサラと流れるように弾いていた 

曲が最大限に盛り上がってきた所で、山から強い風が吹き下ろして 
物置の向こうの窓ごしに竹藪がザザッと大きく揺れたのに目が行った 

竹藪から目を戻すとピアノの蓋は閉まっていた 
弾いていたはずのお姉さんの姿も消えていた 

俺は怖い気持ちもあったけど、今聞いた音楽を覚えておきたいと 
その時なぜだか思った 
恐る恐るピアノの蓋を開けて鍵盤を弾いてみると 
長い間調律されていなかったピアノは 
ついさっきまで聞こえていたような澄んだ音色を出す事は出来なかった

父方の家には特に不思議な思い出は無いけど 
大陸に近い島なだけに少し珍しい話もある 

父方の家で一番強烈に覚えているのは祖父の葬式 
葬列の中に大声で泣くオバチャン達が居た 
母の話では、泣き女という仕事なのだそうだ 
その当時は初めて見る葬式だったので、そういうもんなんだと思ったけど 
それって、中国だか韓国だかの風習らしいね 

あと祖父は土葬だった 
赤土の穴の中に棺にも入れず直接埋めていた記憶があるんだが 
1970年前後まで、そんな事を本当にしていたんだろうかと不思議に思う