636 :4/7:2009/09/10(木) 10:29:51 ID:hinMIqEV0 
とにかくカーブの続く山道なんで、後ろの女も見え隠れする。 
長いこと見えない時もあった。 
だが、次に見えたときには必ず距離を縮めていた。 
少しずつ少しずつ近付いてくる。 
追いつかれる前に山を抜けたい。 
誰かに電話を・・・でも、携帯は圏外。 
「くっそ!」携帯をリアシートに放り投げた。 
精神的余裕がどんどん失われる。 
ところどころにちょっと直線の道に出てくる。 
その度に確実に近付いてる。 
なんで!?あんなにスローモーやのに! 
チラッとミラーを確認すると・・・ 

近い!もう5mも無い・・・ 

顔も見える。 
霊って長い髪で隠しとくもんちゃうんかい! 
顔出すな!ヴォケ! 
すました無表情で歩いてくる。 
プツンとCDが止まった。 
ガチャガチャにボタンを押しまくったがうんともすんともいわない。 

ミラーを捻じ曲げ、もう二度と振り返るまいと前を見据えてひたすら車を走らせた。 
カーブの度にキーキーと音をたてる。 
生コンの作業場のあるところに出た。 
緩やかな左カーブ、暗いドアミラーの中に白く浮かび上がる影、 
半泣きではなく、全泣きで走った。 
この先右手は深い崖、落ちたら死ぬ・・・落ち着け! 
今思えばちょっとおかしくなってたのかもしれない。 
しょうもないことを思いついてしまった。


638 :5/7:2009/09/10(木) 10:31:23 ID:hinMIqEV0 
これ、ミラーやから見えるんちゃうん? 
実際に振り返ったら居らんのとちゃうん? 
居っても見えへんのちゃう?? 
急ブレーキかけて停まった。 
ガバッと振り返った。 

女はトランクに手をかけて薄笑いを浮かべ、停まっているのに尚ゆらゆらと揺れていた。 

生コン会社前の街灯の薄明かりの中にくっきり女の顔があった。 
こういう時、「うわー!」とか「ぎゃー!」という声は出ないもんなんだと知った。 
よく漫画とかである「ヒッ!」っていうヤツ、あれ正解。 
震える手は言うことを聞かず、女から目を離すことも出来ない。 
全身ががくがくする。 
そのとき、いきなり携帯が鳴り響き、驚いて跳ね上がった。 
それと同時に女はすぅっと消えた。 
しばらく呆然としていたら着信音がとまり、はっと我に返った。 

放り投げた携帯を手繰り寄せ、履歴を見たら伯母からだった。 
生コン会社がある区域だからアンテナが立ってる。 
すぐにかけ直した。 
「あ~、○○くん?まだ運転中やったんやねぇ、ごめ~ん」 
伯母ののんびりした声を聞いてほっとした。 
「いや、今とまってるから大丈夫。何?」 
「あんた、忘れもんしてるで。何やろ、これ?小さい青いのん。 
 今日使うもんやないんならいいけど、置いててかまへんのか?」 
ポケットに入ってたフラッシュメモリーを落としてきたようだ。 
「私用のヤツやからかまへんわ。また次行ったときでええよ」 
あちこちきょろきょろ見回して女が居ないのを確認し、タバコに火をつけた。



639 :6/7:2009/09/10(木) 10:32:33 ID:hinMIqEV0 
わざとダラダラと伯母と話し、落ち着いてからまた車を発進させた。 
オーディオのスイッチを入れてみたら普通についた。 
「あははは!」思わず声が出た。 
ここまで来たら町に出るまでもうすぐ、かなり元気を取り戻して 
ブルーハーツをがなりながら先を急いだ。 

少し広い府道に出る手前の最後の集落を抜けようとした時、 
ふとミラーが捻じ曲がったままなのに気付いた。 
町に入れば後ろが見えないのは危険だ。 
ミラーを元の位置に戻していくと、だんだんその中に・・・ 
嘘や!!なんで!? 

後部座席にヤツが座ってる!! 
満面の笑み。 
こんな気持ち悪い笑顔は見たことが無い。 
ヤツは笑いながら言った。 
「当たるよぅ・・・」 
ミラーの中に気を取られていた。 
前方を見たら左側の岩肌が眼前に迫っていた。 
体が動かない。 
あかん!死ぬ! 
そのとき、再び携帯が鳴り響いた。 
ふっと体が自由になり、ブレーキを踏み込みハンドルを切った。 
凄まじいブレーキ音と避けきれずホイールとボディを削る金属音。 
府道に出る交差点のすぐ手前だった。 
「だから崖のとこの方がよかったのに・・・」 
か細い声が聞こえて恐る恐る振り向いた。 
女は少し離れたところに立っていた。 
元の無表情に戻っていた。 
心なしか怒っているようにも見えた。



640 :7/7:2009/09/10(木) 10:33:54 ID:hinMIqEV0 
聞こえるか聞こえないか分からなかったが、力いっぱい叫んだ。 
「ザマーミロ!もうついてくんな!クソが!!」 
女はくるりと後ろを向き、またふらふらと歩き出してすぐに消えた。 

すぐ横に駐在所がある。 
奥の住居部分からたぶん駐在さんが出てこようとしてるようだった。 
高鳴る胸を押さえ、体をわたわた震わせながら慌てて府道に出た。 
ミラーの中にはもう何も見えない。 
周りには他の車も走っている。 
コンビニでコーヒーを買い、着信履歴を見てみた。 
今度は母からの着信だった。 
かけなおす。 
「あ~、○○?あんた悪いけど、どっかで牛乳買うてきてくれへん? 
 朝無いとお父さんうるさいし~」 
「分かった。ありがとう」 
「はあ?」 
かまわず切って、牛乳を買いにもう一度コンビニに入った。 

以後、伯母のところに行くときに峠を越えるのはやめた。 
そして、母が伯母にそばに来てもらいたいと言い出したのに便乗し、 
俺も引越しを強く勧めた。 
今は歩いて5分のところに居る。