498 : 本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2010/08/06(金) 23:07:40 ID:Q7CX8gv80 [9/12回(PC)]
涙をぬぐいつつ、冷静になろうと試みたAさんに、天啓がひらめいた。 

あのババアを殺せばいいんだ。あいつは嫌な奴だし、それに弱そうだから、多分簡単に殺せるはずだ。 

思いついたとたん、こらえようのない笑いがこみあげ、次の瞬間には大声で笑っていた。ようやっと「なにか」を殺せることに、たまらない愉悦を感じながら、玄関を目指して走り出した。 

 
499 : 本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2010/08/06(金) 23:08:20 ID:Q7CX8gv80 [10/12回(PC)]
Aさんはそのまま外に飛び出し、おそらくは私物であろう軽トラックの、助手席側のドアを開け、なにやら床下を探っているおばさんを見つけた。 
奇声を上げながら全速力で駆け寄っていったところ、気付いたおばさんは、恐怖にひきつった顔をして、トラックの中に飛び込んでドアをロックした。
すんでのところで間に合わなかったAさんは、運転席側にまわり、ドアを開けようとしたが、間一髪おばさんがロックするほうが早かった。Aさんは、逃がしてなるかとばかりに軽トラックの荷台に飛び乗った。 
運転席にすべりこんだおばさんが、車のエンジンをかけ、携帯電話になにかを怒鳴りながら急発進した。Aさんはバランスを崩し荷台から落下し、頭をしたたかに地面にぶつけた。 

Aさんはその時、脳震盪を起こしたらしい。なにか生き物を殺したい、と思いながら、体が思うように動かせない自分は、なんと不幸なのだろう、と地面に大の字になったまま、夕焼け空をにらんで男泣きに泣いた。



507 : 本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2010/08/07(土) 00:04:16 ID:Q7CX8gv80 [11/12回(PC)]
小さな診療所のベッドの上で目が覚めたAさんは、普段の落ち着きを取り戻していた。 
警察官と、先の年寄りが部屋の隅に座っていた。警察官に訊かれるまま、Aさんはおこったことの全てを話した。自分がなぜあんなふうになったのかわからない、とも伝えた。 
Aさん自身ですら、自分がしたこと、感じたことを信じられないのに、ましてや警官が信じてくれようはずもない。逮捕されるのか、と半ば諦めたが、特に目に見える被害がなかったことから、厳重注意で済んだ。 
Aさんは、わけがわからないながらも、何度も謝罪の言葉を伝えた。 

別室にいたおばさんに謝罪しようとしたところ、おばさんから、それには及ばない、との言葉が返ってきた。年寄りにいたっては、なぜか同情的ですらあった。 

年寄りとおばさんとが、事情を説明してくれたところによると、Aさんは、『ムシャクル様』にたたられた、とのことだった。『ムシャクル様』とは、その地方の地域信仰の対象で、いうなればタタリ神に近いものらしい。 
『ムシャクル様』の名前は、「武者来る」、あるいは「武者狂う」からきており、これにたたられた者は、「生き物を殺さなければならない」との強い強迫観念に縛られ、しばしば実際に殺してしまう。 
この土地では、数年に一度、『ムシャクル様』にたたられる者が出るという。たたられる人に共通点はなく、なんらかの禁忌を犯したものか、人により故意に呪いがけされたものかはわからないらしい。



508 : 本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2010/08/07(土) 00:05:55 ID:Q7CX8gv80 [12/12回(PC)]
Aさんに振りかけた「臭い水」は、『ムシャクル様』をまつるほこらの西側にある池の水で、『ムシャクル様』にたたられた場合、その水をかけることによってたたりを清められる、と伝えられている。 
『ムシャクル様』にたたられた者には、動物を投げつけ、その動物を殺しているうちに(その際に、より時間が稼げるように、この地域には大型の動物をペットにしている家庭が多い)池の水を汲んでくるしか対処法はないらしい。 
水をかけたあと、なんらかの手段を用いて、たたりつきの意識を失わせ、その後目覚めさせることによってのみ、「正気に戻る」。 
それ以外の方法で押さえつけた場合、自分の手首を噛み切ったり、爪で太ももの内側の動脈を切ったりして、「道具を使わずに」自殺してしまうケースが多いらしい。 
年寄りは、「あんたには不運であったろうが、いつもの例からみると、今回は運が良かった」と何度も何度もつぶやいていた。 

その後、Aさんは、脳震盪の検査の後、異常は見られなかったため、無事退院し、そのまま札幌に帰ってきた。