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昔、いきつけの喫茶店があった。おしゃれでもなんでもない普通のどこにでも 
ある喫茶店。でもマスターの人柄がよく、お店の中には穏やかな空気がいつも 
溢れていたから癒されたい時とか、ほっと気持ちを落ち着けたい時には少し 
遠かったけれど通っていたらしい。 

ある日そこにバイトで女の人(Aさん)が入ってきた。友人には普通に接してくれて 
いるんだけど、どうしても張り付いたような笑顔が苦手だった。 
 別の常連のおじさんから聞いた話ではAさんは友人との人間関係が上手く 
いかずに引きこもりがちになっていたのを知り合いだったマスターがリハビリ 
がてらバイトにおいでよ、と誘ったらしい。 
 友人は自分が感じていた「張り付いたぎこちない笑顔」はそのせいだったんだと 
思った。 
  
しばらくは通っていたんだけれどその張り付いた笑顔の彼女がいるその喫茶店で 
友人は以前のように穏やかな気持ちや癒される気持ちを感じる事が出来なくなって 
しまい、自宅から少し遠いというのもあり、次第に足が遠のいていった。

しばらく行っていなかったその喫茶店をある日友人が訪れたところ友人はすごく 
驚いた。マスターの容姿が豹変していたからだ。 
 以前のマスターはどちらかというとふくよかな体系で、その体系がお店の雰囲気を 
柔らかくしていたのに、そのマスターがガリガリに痩せていたのだ。 
 びっくりした友人は「体調でも崩したの?」とマスターに尋ねたらにっこり笑って 
「ダイエットしたんだ。どう?カッコイイでしょ?」と笑った。 
でも、「体調を崩したの?」と尋ねたぐらいだからどう見ても健康的な痩せ方では 
なく、なんと返事をしたらいいかわからず「へぇ、そうなんだ、すごいね~」としか 
言えないまま席についた。 

 席について気が付いたけれど、依然となんだか雰囲気が違う。以前はお店には 
色んな年代の人が集まり、楽しそうにお茶を飲み、ぽわんと温かい空気に包まれて 
いたのに今のそのお店は人もまばらでなんだか洞窟の中にいるような重く暗く 
ひんやりとした空気が漂っていた。 

そして相変わらず例のAさんはいた。いたにはいたけど、以前とは雰囲気が変わって 
いた。なんというか、張り付いた笑顔はなく、他のバイトの人に指示を与えていたり 
マスターとため口で親しそうに話していたその様子に友人は驚き、そして「あぁ、 
随分変わったんだな」と思い、それでもやはりAさんは苦手だと感じた。 

来るんじゃなかったと思った友人はコーヒーを飲んで早々に店を出た。そして 
「あぁ、もうここには来るのはやめよう」と思った。

店を出て駅に向かう途中、以前店でよく会った常連のおじさんに偶然会った。
おじさんに 
「久しぶりじゃないか、元気だったのか~」と言われた友人は「久々にあのお店に行ってみようと思ってきたんです。」と言った。するとそのおじさんは「えっ・・・・ 君、あそこに行ったの・・・?そうか・・・」と言った。友人はそのおじさんの少し含みのある言い方が気になったが正直にあのお店の雰囲気が好きでなくなったから、とさすがに言えず「はい。でももうこの辺りにもあまり用もないからあのお店もなかなか 
来られないかもしれません」と言った。

するとおじさんはなんだかホッとしたように
「そうだね・・・、それがいいね」 
と言った。
その含みのある言い方が気になり思い切って友人はそのおじさんに「あの・・・
あのお店、何かあるんですか?」と聞いた。
するとおじさんは「こういう話は好きでない
人もいるからあれだけど、君ももう行かないというなら・・・」と話してくれた。 

あのお店、友人が行かなくなって少ししてから例のバイトのAさんがマスターと親密に 
なっていき、Aさんがカウンターの中に入り、マスターと親しげに、まるで夫婦の 
ようにお店を仕切るようになっていったらしい。そして常連の人がマスターと話して 
いると中に入ってきたりして常連さんもAさんがだんだんウザくなっていき、 
そうなるとその気持ちがAさんに伝わり、Aさんの態度が悪くなる悪循環でだんだんと 
常連さんが減っていったという。

その常連さんの中に一人、所謂見える人(ごく普通のおばさん)が「マスターには蛇が 
絡まっている。今のままじゃ首を絞められる」と言っていたらしい。でマスターに 
「あなた、気を付けたほうがいい。大きな蛇がからまって締めつけているよ」と言ったら 
マスターがまるで小さな子供のように頭を抱えて「嫌だ 怖い 怖い」と言っていたらしい。 
でそのおばさん曰く原因がAさんだという。 

友人は「え?Aさんが蛇っていうこと?」と聞いたらおじさんは「うん、ぼくにもよく 
わからないんだけれど、Aさんが蛇になってマスターを取り込もうとしているらしい。」 
と言ったという。「マスター痩せてたけどAさんは元気だったでしょ?だから僕も 
常連さん(おばさん)の言う事がなんとなく気になって行かなくなったんだよね、Aさん 
もあまり好きじゃないしね。」 

それを聞いて友人は(あぁAさんは蛇だと言われたらそんな感じがする)と思ったらしい。 

そしてその話を聞いた私が「Aさんてどんな感じの人?参考までに教えて!蛇っぽい顔でもしてるの?」と聞いたら「それがね・・・。彼女がいる時に何度もお店に行っているし、 
今でも多分街中で会ったらわかると思うんだけどね、どうしても顔が思い出せないんだよね。なんていうか、思い出そうと想像しても、髪のない白い面長。目も鼻もない。
ただ口はある。 
赤くてね、ニッと笑ってるの。ホラー漫画に出てくるみたいないかにもな描写だよねぇw 
でもね、思い出せないの。頭に浮かばないんだ、不思議だよねぇ・・・でも蛇って言われるとすごく納得できるんだよねぇ」と言っていた。 

今でもその喫茶店はあるらしい。でも友人はあれ以降一度も行ってないそうだ。普段能天気な友人だけれど妙な勘が働くところがあるから、ヤバイと思うものを記憶に残さないように顔が思い出せないようにしているのかな。