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小学生の夏休みに、友達数人と、とある山にキャンプに行きました。着いて早速テントを張ると、そこから40分ほど歩いた所にある小川まで降りて行き、その川辺で遊びまわりました。日が暮れる前にテントに戻る予定だったのですが、街明かりのない山中のこと、日が沈むにつれ強まる星々のきらめきに感激し、寝そべったまま時を忘れて夜空を眺めてしまいました。


おしゃべりも尽きて皆がテントに戻る気になったときには既に夜中でした。行きは揚々と来た山道も夜ともなれば月明りの他照らすものもなく、心持ち不安で皆で固まって歩いていました。

そのとき、脇の森の奥から突然、「ガラガラッ」と引き戸を開ける音が聞こえました。静まり返った中での音だったので誰の耳にもはっきりと聞こえたのです。しかし辺りには家などありません。
皆緊張して立ち止まりました。すると、その音のした方角から今度は「ザッ・・ザッ・・」とぞうりの音が聞こえてきます。音はまっすぐこちらに向かって来ます。しかし音のする方は深い森があるのみで人影は見えません。

「ザッ・・ザッ・・」足音はなおも近づいてきます。足音は私達の目の前まで近づき、そのまま私達を通り抜けるようにして後方へと消えて行きました。

私達は悲鳴をぐっと飲み込むようにして、駆け足でテントへ戻ると、大急ぎで火をおこし、一晩中明かりを絶やさぬよう交代で見張りをしてその夜をやり過ごしました。しかし、寒くもないのに身体が震えて、結局ほとんど眠れませんでした。

大人になってから、バイクツーリングの際にその山のふもとにある村に立ち寄る機会がありました。
食通の友達と牡丹鍋を食べに行ったのです。店の女将はもうかなりの年のおばあさんで、子供の時分からその村に住んでいたそうです。
女将によると、例の山には、今から60年ほど前までシャンカ(山人)と呼ばれる狩を生業にする人々が住んでいて、昔はその店も彼らからイノシシを仕入れていたそうです。

私達が聞いたのは、かつてその山で生きた人々の足音の残滓だったのかもしれません。