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高尾山に「裏高尾」というところがある。
山岳信仰の修行の場になっていて、堂や滝がある。
嫁が友達と高尾山に遊びに行った帰り、裏高尾に下った。

滝を望めるお堂のそばまで来たとき、その堂に高欄がめくらしてあるのを見て、むしょうにそこで休憩したくなった。
高欄というのは神社や寺の建物の周りにベランダみたいなのがある、あれ。
友達は「修行してる人しかダメだよ。おこられる」としりごみするんだが、嫁は「だいじょうぶ」と説得して2人であがりこんだ。

夕食は街で取るつもりだったから、昼食の残りのおにぎりや飲み物を出して、滝や周りの景色を楽しみながら食べ終えた。
さて、行こうかなと思っているころ、1人の堂守があたふた駆けつけてきて
「神様が誰かいる、と言うので来た。ここで物を食べてはいけない」という。
友達は「ほうら、ね」という感じで最初から納得したのだが、嫁はなんとなく腹が立ったそうだ。
でも、食べ終わっていたし、居座る理由もないので堂守の先にたって6,7段の階段をおりた。

なんのことはない、ふつーの階段だった。

だが、堂守はあと、3,4段のところでいきなり足を踏み外して落ちた。
びっくりして友達と「だいじょうぶですか?」などと気遣ったのだが、堂守は心底、怖そうな顔をして口もきけないようだった。

そのとき、嫁はピンときた。
「ここでものを食べてはいけない」というのは堂守の一存で、神様はそんなことは言っていなかったのだ。
嫁たちが食事と休憩をするのを、神は許していたのだろう。
堂守はよけいな一言を言ったために、小さな神罰として神様につきとばされたのかもしれない。
嫁は「神様は公平だなぁ。堂守も修行しない一般人もおなじに扱ってくれる」といってた。

嫁は神に好かれるようで、子供のころには「年神」に戸をたたかれているし、「大黒様」を見たこともある。
死ぬような病気でも周りの状況に助けられて大丈夫だし、ふつーの女の人よりラッキーで幸せな人生を生きている。
嫁は性格もよくて優しく、自分よりも人のためにがんばれる人だ。
「正直者の頭(こうべ)に神やどる」というが、まさにそれ。

おまえらも同じ人生なら、神に寿がれる生き方をしろ!