俺には弟がいる。
この弟は少し変わった奴で、一般人には見えない何かを見聞きし
小さい頃はいつも怯えていた。
弟が中学3年の時に聞いた事がある。
「人って死んだらどうなるの?」
このなにげない一言は、この弟を世界で一番よく知る俺にとって勇気のいる質問だった。
それは弟を信じ始め、病気ではなく本当に「見えている」という事を理解しようとした一言だったからだ。
恐らく両親が事故で亡くなった事が関係していたのかもしれない。
葬式を終え、嫌がる親戚に引き取られた俺達は2人で無言のまま荷物をまとめていた。
弟に背を向け、ダンボールにあまり使ってない真新しい教科書類を詰めながら質問する。
『人って死んだらどうなるんだ。』
俺からこんな言葉が出てくるなんて予想してなかったのか、弟は少し考えてから喋り始めた。
『違う世界に行く。』
『それはどんな世界なんだ?』
首だけ向けてさらに質問をぶつけた。
『言葉にするのは難しい。ただ、俺達のいる世界とは違った世界があってそこに行く。』
『天国や地獄、そういった世界という事か?』
『少し違う。俺達の住んでるこの世界は、普通の人は認識出来てないだけでいくつもの世界が重なり合ってる。』
正直なにを言ってるかわからなかった。
『映画館のスクリーンを想像してみて。』
弟はそう言って掌を出す。
『俺達の今いる世界はこの手に写された映画のような物だと考えてね。』
掌を合わせて弟は話を続ける。
『そこにもうひとつ、映画を写すとどうなる?』
『ごっちゃになってなにがなんだかわからなくなるな。』
ますます意味がわからない。
俺の近くにあった灰皿を引き寄せ弟が慣れた手つきでタバコに火を付けた。
『同じ時、同じ瞬間に違う世界が同じスクリーンに上映されてる。
そしてそれぞれの世界からは自分の世界とは違う世界が見えない。』
要はパラレルワールドという事だろうか?そして人が死んだらその世界に行くという事だろうか?。
『その考えでも合ってるのかな。とにかく色んな世界が今この瞬間も流れてるんだよ。
そしてその中の一つに、人が天国と言うイメージに近い世界がある。』
雲の上に花畑があって、とても綺麗な天国を想像した。
まさに絵本の世界だ。
『あそこは紛れも無く「現実」の世界だよ。肉は無いけどイメージした「なりたい自分」になって行くんだ。』
『よくわからないけど父ちゃんと母ちゃんはそこに行ったのか?』
『多分ね。ただ、前に見た限りその世界の入り口は中からしか開かないようになってる。』
つまり、今の世界からその世界に行くには中から誰かに入り口を開けて貰う必要があるという事。』
『開けて貰えなかった人は?』
『地獄に近い世界への入り口はいつも開いてるよ。』
一つの答えだった。
『さっき天国や地獄とは違うと言ったけど、あれは紛れも無く「現実」にある一つの世界。
人が想像しているような物ではないよ。』
『なるほどな、でも望んで地獄に行く奴なんていないだろ?』
『うん。でも自分の世界とは違う世界は見えないから地獄の入り口すら見えてないと思う。』
さらりと恐ろしい事を言った気がする。
『彷徨う内に、か。だから天国へは案内人が必要という訳か。所でどうしてそれを知ってるんだ?』
『おじいちゃんが死ぬ時に若い女の人が迎えに来たのを見た。多分、おじいちゃんのお母さんかな。
次におばあちゃん。若かったけどおじいちゃんが迎えに来てた。』
『じいちゃんやばあちゃんにお別れを言えたのか?』
『うん。俺を信じてくれてはいたけど、死んでから目を合わせた事で多分向こうも本当の意味で気が付いたんじゃないかな。』
『そっか。』
きっと両親は祖父や祖母が迎えに来てくれたんだろう。
弟はそれを分かってる、信じてるから俺なんかより強くいられてる気がした。
それに天国とやらで第二の人生を楽しんでる両親の事を考えるとなにより俺自身がこの時救われた気がする。
普段この手の話は俺から振らないし、信じてもいないという態度だったので気を良くしたのか
弟は次の質問を待っているようだった。
思えば病人扱いされ、理解者などただの一人もいなかったであろう弟は誰かに話を聞かせたかったのかもしれない。
『誰もがなににでもなれるってすごいな。』
『その世界には若い美人の女ばかりで不細工はいない。まさに天使しかいない事からの推察。』
なんか妙に納得した。なににでもなれるなら美しいイメージの天使を選ぶって事か。
好んで不細工にはならないのは当たり前の話だし女性なら特にそうだろう。
『男はいないのか?』
『一応いる、この辺には少ないってだけかもしれない。向こうでも男性は肩身が狭いのかもね。』
迫害される男性陣を想像してちょっとため息が出た。
男子VS女子の構図がまさかあの世で激化してるとは思いたくないが、向こうは向こうでなんか楽しそうだ。
『お前っていつも怖い物見てたよな?あれはなんなんだよ?』
『この世界で俺はたまに違う世界も見えてる。でも違う世界にもこの世界を見る事が出来る奴がいる。
目が合うだけならいいけど、そいつがこっちの世界に干渉できる程すごい奴だったら?』
『目が合うお前に興味を持って追って来る?』
『うん、多分そういう事だと思う。そいつ等がなにを考えてるのか理解出来ないけど、それは人間だろうが同じだしね。』
この日初めて弟が笑った気がする。
そしてふと、思いついた疑問を口にする。
『あれ、でもその話だと幽霊や死んだ人が見えるって霊能力者はみんな嘘つきにならね?』
『見える人はいると思うよ。迎えが来なかった霊はまだこの世界にいる訳だし。
地獄っぽい所に行った奴も向こうの「現実」でこちらに干渉できるようになったのかもしれないし。』
『お前は見えないの?例えば父ちゃんや母ちゃん。』
『見たい物が見える奴程、俺はすごくないらしい。それにどれだけの世界があると思う?
天国の人を呼ぶのは本当にすごいと思うよ。この数ある世界の中からピンポイントでその世界を見つけ出し
向こうの現実の中から目的の人物をたった一人だけ、毎回探し当てる事が出来るなんてね。』
皮肉めいた言葉と笑い方で弟がテレビで世間を賑わす彼等にどんな感情を抱いてるのか分かった。
『でも向こうからならこちらの世界が見えてるっぽいから彼等が本物だとしたら本当に呼べるのかもな。』
『お前が言う、その天国からはこちらが見えてるのか?』
『そうとしか考えられないってだけ。そうじゃなければ向かえになんて来れないだろ?』
それもそうだ。単純な俺はマジックミラーを想像した。
『兄貴も親や先祖が見捨てるような真似だけはするなよ?見捨てられた死者は本当に酷い事になる。』
急に不安になってきた。
もし、凶悪犯罪者でどうしようもない人間が死んだ時、その親や先祖はその人間を救おうとするのだろうか?
犯罪者であろうが子供可愛さに道を開けようとする親がいたとして、
天国という現実にいる、平和を謳歌しているであろう住人達はそれを許すのか?
犯罪だけじゃない。人によって許せない行為というものがあるだろう。
そういった基準が道を開ける者の感情に委ねられるのならば天国という「楽園」は存在しない事になる。
善行や悪行の加点方式や引き算ならあるいは…
『まぁ俺の予想も大分入ってるから確実な事は言えないんだけどね。それこそ死んでからのお楽しみだよ。』
『そんなどうでもいい胡散臭い小物より、俺が気にしてる事がある。』
『この世界も天国も地獄も全ての世界もそうだと思うけど常に見られてるんじゃないかって事。』
タバコを乱雑に消して弟は続ける。
『どの世界にも存在してるアレはきっと神と言われる物なんだと思う。』
『アレ?』
『時々思うんだ。俺達はなにかの実験なんじゃないかって。
俺が過去に見たどの世界でもあの位置は変わらない。形も変わらなければ変な所もない。この世界の物そのままだ。
俺はあそこでニヤついているであろう奴等がいる気がして、どうしてもそれが許せない。』
弟はそう言うといつ折ったのかわからない紙飛行機を窓に向かって飛ばした。
その先にはいつもより大きく見える少し欠けた月が輝いていた。
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