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仕事の家に持ち帰った僕は、その夜、自室で書類の山と格闘しておりました。
ようやく半分ほどを片付けたところで、時計を見れば夜中の1時を過ぎておりました。
僕は気分転換のため、ぶらりと夜の散策に出かけることを思いつき、
寝静まった家族を起こさぬようガレージから自転車を引きずり出しました。

深夜の国道170号線をひたすら南へ下り、
途中、近鉄古市駅に差しかかったところで東に折れ、
聖徳太子ゆかりのお寺があることで有名な奈良県太子町の方向へと自転車を進めました。
大きな橋を渡ると、辺りは漆黒の闇に包まれました。
ブドウ畑が広がる田舎道をひた走り、心地よい風を全身で受けていると、
仕事の疲れが一度に消えていくようでした。

やがて、古い木造家屋が密集する小さな集落へと入りこみました。
この辺りでそろそろ帰ろうかなと心細くなったため、
もと来た道を引き返そうとしました。
ところが、どこで道を間違えたのか、細く曲がりくねる道を行き来するばかりです。
ようやく集落内から抜け出ると、突如、目の前に大きな建物が現れました。
それは小学校でした。

静まり返った通学路に沿って、道路工事を知らせる赤いランプが不気味に点滅しておりました。
その朧げな光が人気の無い校舎を淡く浮かび上がらせておりました。
僕は、そのまま学校の前を素通りしようとしました。

ところが、入口の前であることに気付いたため、自転車をとめました。
真夜中にもかかわらず、何故か、学校の門が開いているのです。
重そうな鉄の扉は誘い込むかのように全開になっていました。
気がつくと正面をくぐり抜け、そのまま学校の中に入っていました。

入口のすぐ左には三階建ての鉄筋校舎がそびえ立ち、
校舎へと続く道に冷たい影をおとしていました。
その影の中に青色のジャングルジムが、ぽつんとたたずんでいました。
そのジャングルジムの横で自転車をとめると、目の前に広がる真っ暗な校庭を見渡しました。

校舎の向こうには山々の稜線が見え、その上には満天の星空がありました。
それらをぼんやりと眺めるうちに、無断で学校に侵入している自分にようやく気付き、
急ぎ、学校を出ようと自転車の向きを変えました。

そのときでした。

突然、鋭い視線を感じ、その方向へと顔を向けました。
すると、真横にあるジャングルジムに、鈴なりになってしがみつく5~6人の子供たちの姿がありました。
彼らは、まるでマネキン人形のように身動き一つすることなく、ジッとこちらを睨みつけていました。
瞬時に、「ごめんなさい」と心の中で叫びました。
見てはいけないものを見てしまったという言いようのない恐怖感が込み上げてきたからです。
そしてすぐに視線を外すと、脇目もふらず正門を出ました。
少し離れたところで自転車をとめ、あれは一体なんやと胸の中で問いました。

幾分冷静さを取り戻し、今一度、学校の前まで引き返しました。
が、子供の姿はありません。
ふと、腕時計を見ると午前2時過ぎ。
我に返った僕は急いで家に帰りました。
 
翌日、この話を友人に話しました。
一笑に付されると思いきや、
「いくらなんでも夜中の2時に子供は遊べへんで。
 だいたい学校の門を開けたままにするなんて考えられへん。幽霊に違いない」
と断言されてしまいました。
怖がりの僕としては、単に近所の子供たちが夜中に遊んでいただけなどと否定をしてほしかったのですが、
逆にダメ押しをされる結果となりました。

友人の言葉でもっともだなと思ったのは、学校が門を開けたままにするはずがないという点です。
治安にさほど心配もないとはいえ、真夜中に学校を開放するという話は耳にしたことはありません。
それだけにあの夜誰が、何の目的で正門を開けていたのか、未だに理解できないのです。

もう一つ釈然しない点があります。
それは、こちらを向いていた子供たちの表情が、どうしても思い出せないということです。
服装についてはかなり鮮明に残っているものの、
彼らがどのような表情を僕に投げかけていたのかという点が、ものの見事に記憶から抜け落ちているのです。
睨みつけられた、という事実は覚えているのに、その相手の顔が思い出せないというのも
我ながらおかしな話だと思います。

数日後、友人を誘って再びその学校を訪れました。
日曜日の昼下がり、学校は正門をかたく閉ざし、ひっそりと静まり返っておりました。
その際、新たな発見をしました。
正門の側に、石造りの立派な慰霊碑が建てられていたのです。
その裏手には例のジャングルジムがありました。
慰霊碑が建てられた理由と、あの夜の出来事のつながりは定かではありませんが、
何故か、その慰霊碑にむかって手を合わさずにはいられませんでした。