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お盆で帰省した時の話。

数年ぶりに地元に戻ったおれは、友人たちと会ってしこたま酒を飲んだ。
夜の11時を回った頃だったか、誰が言い出したのか肝だめしに行こうという流れになった。
正直そんなのではしゃげる歳ではないし、めんどいなと思う部分もあったが、どうせ次の日の予定もなかったから行くことにした。

向かった場所は、日本海を一望できる崖にある廃ホテル。
わりと有名な心霊スポットだから、これだけでどこか分かる人もいると思う。
おれ達はそこへ向かった。
まぁ結果として何も起きなかったわけだが、次の日。

夜更ししてリビングに降りたら、テレビを見ていた親父から「お前たち昨日はどこに行っていた?」と聞かれた。
別に嘘をつく理由もなかったのでおれは「あぁ、ちょっと肝試しで○○ホテルまで行ってきたわ」と言った。
そしたら親父が「あんまり危ないことはするなよ。それにしても、○○ホテルってのはミーハーだな。もっとヤバイところが近くにあるんだけど...」(最後らへんは聞き取れず)と呟いた。

ヤバイところ?

「なぁ、ヤバイところってなんだよ?どこのことだよ」気になったおれは親父に問いただした。

親父はあからさまに(余計なこと言ってしまった)というような表情で流そうとしていたが、おれの粘り勝ちでその内容を教えてくれた。

親父がまだ高校生だった頃。
その当事はバイクブームで、たぐいに漏れず親父もよく仲の良い連中と走っていた。
そんな時に地元のやつから、「ヤバイ心霊スポットがある」と教えられたらしい。

その場所というのは、海沿いにある廃ホテル。
ホテルNっていう名前なんだけど、おれは全く聞いたことがなかった。
まぁ親父が若い頃にすでに廃虚だったらしいので、分からないのも当然なんだけど。
そこらへん一帯は温泉街でホテルも数件たっていたが(今も変わっておらず)、その廃ホテルは数キロ離れて1つだけポツンとたっていた。
道路から少し外れて高台になってる場所なんだけど、夜に行けば必ず女の幽霊が目撃されるという。
親父を含めた合計4人で、夜さっそくそこへ向かった。

着くとけっこう開けた場所にあったんだけど、もう雰囲気が異様だったらしい。
森を背景にドーンと巨大な廃虚があって、とにかく暗い。夜とかそんな意味じゃなくて、一度入ったら出られないんじゃないかと思ったぐらい暗かった。玄関の手前には木材やら家具やら、とにかく色んなものが無造作に積まれていた。

もう一目見ただけで来たことを後悔したらしいんだけど、それは他の3人も同じで全員すっかり無言になっていた。
それでもここまで来たからにはただ帰るわけには行かないと、ジャンケンで負けた奴が廃墟に入って探索してくるという流れになった。

で、負けたのが親父。
とりあえず1階をぐるって散策してから帰ってくるというルールで、あらかじめ用意してあった電灯で照らしながら廃墟に入った。
玄関から入るとロビーで、がらんと広がっていた。右手には扉がいくつかあり、左手には廊下が続いていた。
まず右手の扉を開いてみたが、床が抜けていたり、物が山積みで散策どころではなかったらしい。
それから左手の廊下を進んだ。
進んだ先には階段があった。

よし、これで1階は終わった。と親父はそそくさと戻ろうとしたんだけど、その時に隣から「ベチャ」っていうような音が聞こえた。
水のようなポタポタ落ちる音とは違い、なにか湿っていような、重い粘着質な音。
さっきは気づかなかったが、階段の横にもう1つ部屋があった。
物音に恐怖してその場で親父が硬直していると、それに追い討ちをかけるかのように、隣から人間の息づかいのような、ヒュー、ヒュー、という音がかすかに聞こえたそうだ。
これはマジでヤバイと感じた親父は、すぐに離れようとしたが、その意思とは反対になぜか部屋の扉を開けたらしい。
まったくそのつもりは無かったのに、まるで操られていたかのように、無意識だったと。

部屋は四畳半ほどの小さな部屋だったんだけど、そこに女がいた。

髪の長い女が、こちらに背を向けて地面にうずくまっていた。
また、ベチャっという音。
親父が女の足元を見ると、どす黒い液体が広がっているのが見えた。
女の呻き声と共にどんどん血溜まりが広がっていく。
「なにやってるんだ!」とっさに親父が叫んで肩を掴むと、女がこちらに振り返った。
目を見開いて首筋は血にまみれ、なにか刃物のような物を首に押し当てていた。
「んーー!!」と声にならないような呻き声を上げて、首筋の刃物を引いた。さっきよりも勢いよく血が吹き出し、生暖かくてどす黒い血が親父の顔にも飛び散った。
とっさに刃物を掴んで投げ捨てた親父は、仲間を呼んでこようと無我夢中で外へと戻った。

「女!女が自殺しようとしている!早くきてくれ!」

待っていた3人にそれだけ言うと、すぐに理解したのか全員でその場へ向かった。
だが、4人で現場に戻ってみると、女の姿はおろか、血の跡すら無かった。
「本当に見たのか?」「見た!間違いない!」そんなやりとりをしていた時、今度は階段の上から

「んーー!!」

また女の呻き声。
全員半狂乱になってそこから逃げ帰った。

それから少ししてから、そのホテルは取り壊されて今では更地になっている。
去年、遊びに行ったついでにおれもその場所を訪れてみたが、跡形も無かった。
ネットで調べても一切出てこないけど、地元の年寄りに聞くと確かに存在したホテルだそうな。
そして親父は、ふとした時、しばらく女の呻き声が聞こえていたらしい。