その同僚の名前を玉木(仮名)とします
あえて物語風の文章表現にしてます。合わない方はご注意下さい
玉木は今年30歳の消防士だ。
ある日、高校時代の友人が自殺した報せを受け、非番の日程調整をし、告別式に出席した。
まだ若い内に自殺という死に方なので、式の空気は悲壮感のあるものだった。
最後の出棺の際、故人の顔を拝もうと棺の小窓の中を覗き込んだとき、玉木は不思議な感覚に襲われた。
どういうわけか、故人ではなく玉木が、棺の中に横たわっているような視点へと、突然視界が切り替わったのだ。
そして、棺を覗き込んでいる玉木自身と目が合った。
玉木は「うわっ」と呻きながら、驚いた拍子で尻餅をついてしまったが、周囲には怪訝そうな目で見られるだけで、その場は終わった。
翌日、平常通り出勤した玉木だが、葬式での出来事から以降、どうも身体がだるい。
尻餅を着いた時に痛めたのだろうか、腰にも鈍痛がある状態だった。
玉木は上司に、昨夜の出来事と自らの体調を(世間話として)報告した。
上司は「ふーん」と軽く相槌をうち、意外にも
「今日は半ドンでいいよ」と指示して来た。
そして、「午後はここに行って相談してみ。話は通しておく」と、ある住所のメモを玉木に手渡した。
昼過ぎ。言われた通りにメモの住所へ向かうと、ごく普通の一軒家に着いた。
訪ねてみれば、出て来たのはこれまた、どこにでも居そうなおばさん。
玉木は家の中に誘われ、何があったのか話すよう促された。
玉木は正直に詳細を話しながら、「いわゆる霊能力者を自称している手合いなのかな」と
心の中で思っていたが、不思議と胡散臭さは感じず、
根拠も無くおばさんを信用し始めていた。
おばさんは玉木の話を聞き終わると、あらかじめテーブルの上に置いてあった
風呂敷包みを広げ、一つのお守りを取り出した。
手作りなのか、お守りの縫製は粗く、綺麗な刺繍飾り等もない。
「このお守りを身につけてみて下さい。身体が楽になると思います」
おばさんは静かにそう言った。そして更にこう続けた。
「ただし、1ヶ月は肌身離さず身につけてね。仕事の時も、お風呂入る時も、寝ている時もね。
あと、まさかやらないと思うけど、お守りの中身は開けて見ないように」
玉木は頷き、受け取ったその場でお守りを首から下げた。
「礼金はいくら用意すれば」と玉木が聞くと、うちはそういうの取ってない、とおばさんは応えた。
一月後にお守りを回収するのでまた来なさいと言われたので、玉木は再訪を約束し、その場を後にした。
お守りということは、自分の体調不良は「霊障」ということなのだろうか。
今もなお、自分にはなにかが取り憑いているのだろうか。
玉木はそんなことを考えながら、少しビクビクしつつその夜を過ごしたが、あっけないほど何事もなかった。
お守りを身につけてからは、身体のだるさと腰痛は嘘のように消えた。
玉木が当直の時に、お守りを身につけながらシャワーを浴びていると、見かけた同僚達からは「何やってんの?」「ミサンガじゃないんだから外すだろ普通」などからかわれた。
それでも、玉木は真面目に言いつけを守り続けた。
そして、もうすぐ1ヶ月が経とうとした頃のある夜、玉木は夢を見た。
夢の中で、玉木は火災現場へ出動し消火活動を行なっていた。
あちこちに黒焦げの遺体が散見される地獄絵図で、玉木は必死に放水を続けていた。
その最中、玉木は、自身の胸元が焼けるように熱いことに気付いた。
防護服を開け、胸元を覗き込むと、首から下げていたお守りに火がつき、燃えくすぶっていた。
反射的にお守りを引きちぎって投げ捨てようとしたが、玉木はふと我にかえった。
このお守りは捨ててはいけないはず、それにこの状況はどうも不自然だ、と。
そして、燃え続けるお守りを握りしめながら、冷静に周囲を見渡してみると、さっきまで消火活動に忙殺されていた同僚たちと、遠巻きに現場を見物していた野次馬たち全員が、棒立ちで、無表情で、玉木のことをじっと見つめていた。
夢はそこで終わった。目が覚めた玉木の手は、汗ばみながらお守りをぐしゃぐしゃに握りしめていた。
一ヶ月が経ち、玉木はおばさんの家を訪ねた。
会うなり「もう大丈夫みたいね」と声を掛けられ、玉木は安心してお守りを外し、おばさんへ返した。
玉木は、自らの身に一体何が起こっていたのか、この時初めておばさんに問うた。
しかし、「私は霊能者じゃなくて、おまじないの知識があるだけだから分からない」
と言われ、答えは得られなかった。
もっとも、単にはぐらかされただけなのかもしれないが。
その翌日、上司にも顛末を報告した。
上司は「あの人(おばさん)は本物。何人も助けてる」
「あまりあの人の事をペラペラ言いふらすなよ」
とだけ応えた。
玉木は今現在も、元気に消防士をやっている。
しかし、あの夢のことは中々忘れられないという。
あの時お守りを捨ててしまっていたら、どうなってしまっていたのだろう。
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